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長崎地方裁判所佐世保支部 昭和47年(ワ)59号 判決 1972年11月27日

原告 嶋本倫

被告 国

訴訟代理人 安東孝雄 ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

被告は別紙目録記載の各不動産(以下本件不動産という)について、所有権取得登記手続をしたうえ、原告に対し所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件不動産の登記簿上の所有者は長崎県東彼杵郡折尾瀬村(現在佐世保市)桑木場石垣免三一四番地慈眼院となつているが、右慈眼院の代表者で住職であつた原告の父嶋本清舜は昭和一七年五月一八日死亡した。

2  故清舜死亡後、訴外慈眼院は無檀徒無住職の状態となつて寺としての行事は一切行なわれず、現在においては訴外慈眼院の本山であつた訴外宗教法人天台宗、又は同延暦寺は右慈眼院を被包括法人として認めていないので、訴外慈眼院は故清舜死亡後まもなくして右本山において廃寺処分をしたものと推定すべきである。そして右廃寺処分によつて訴外慈眼院は消滅し、本件不動産は無主の不動産としてそのころ国庫に帰属したものである。

3  原告は昭和二四年三月三〇日に成人して以来、本件不動産は父の遺産と信じ所有の意思をもつて平穏かつ公然にこれを占有し続けたものであつて、その期間は昭和四四年三月三一日をもつて二〇年を経過したので原告は本件不動産の所有権を時効取得した。

よつて被告に対し本訴におよぶ。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実中前段は不知。後段は否認する。

3  請求原因3の事実は不知。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  訴外慈眼院の法律上の地位について。

1  <証拠省略>を総合すると、訴外慈眼院は、原告の祖父小場石法舜が、同人の内妻の父であつた嶋本法玄から大正九年五月一三日本件不動産を買い受け、同月一五日右法舜がこれを寄附行為によつて同院に所有権を移転させたころ寺院としての活動を正式に始めたこと、右慈眼院は天台宗を進奉する寺院であつたこと、右法舜は大正一五年に死亡し、その後はその子で原告の父にあたる嶋本清舜が同院の住職として活動していたが寺院財産の処理その他に関する寺院規則は作成されず、同人死亡後同院の住職となる者がなく、信徒らも離散し、寺院としての人的実体は消滅してしまつたこと、その後同院の解散および清算手続を了した事実はないこと、以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  ところで、成文法上初めて寺院に法人格を認めた宗教団体法(昭和一四年法律第七七号、同一五年四月一日施行)施行以前においても地方長官の調製する寺院明細帳が存在し(明治一二年六月二八日内務省達乙第三一号)、右明細帳に登録された寺院は法人格を認められ、これに対し、右明細帳に登録されない寺院は法制上法人格を認められなかつたことは、当裁判所に顕著な事実である。

そして、訴外慈眼院が右寺院明細帳に登録されていたことについては直接これを認め得る証拠はないが<証拠省略>により認められる本件不動産はすべて大正九年五月一五日付寄附行為をもつて訴外慈眼院の所有となつた旨登記されている事実、および前記認定のとおり同院はそのころから天台宗の寺院として原告の祖父小場石法舜を住職とし、活動していた事実から考えれば、訴外慈眼院は寺院明細帳に登録されていたものと推認でき、従つて法人格を有していたと考えられる。そして右慈眼院がその後解散手続をとつていないことは前記認定のとおりである。

3  ところで、寺院明細帳に登録されていた寺院は宗教団体法三二条一項の規定により同法に依り設立を認可された寺院とみなされたため、訴外慈眼院も同法の施行とともに同法に依り設立を認可された寺院とみなされたのである。

次いで、昭和二〇年一二月二八日勅令七一八号をもつて宗教団体法は廃止され、同日勅令七一九号をもつて宗教法人令が公布施行されたが、同令附則二項の規定によつて同令施行の際現に存する法人たる寺院は引き続き同令による宗教法人とみなされた。

4  即ち、訴外慈眼院は宗教団体法による解散手続をとつていないので、宗教法人令施行の際はなお法人たる寺院として存在したものであり、同令によつてもその法人格を認められた存在であつたが、昭和二六年四月三日法律一二六号をもつて宗教法人法が公布施行されるに及び、原告の父清舜が死亡した後、寺院としての人的実体を消滅した同院は、同法附則五、一五、一七項により当該規則作成等の手続をしなかつたことにより、当該規則について所轄庁の認証の申請をすることができる期間の満了の日である昭和二七年一〇月三日をもつて解散したことになるのである。そして、右解散後は同院はなお清算の目的の範囲内で存続しているものであり、その清算手続は宗教法人令によるべきである(宗教法人法附則三、四項、宗教法人令一四条、一七条、民法七三条)。

三  原告の請求原因2における主張について。

原告は、右慈眼院はその包括法人である訴外宗教法人天台宗又は訴外宗教法人延暦寺において廃寺処分にしたため同院は消滅したと主張するが、この事実を認め得る証拠はなく、前認定のように右慈眼院は宗教団体法施行当時寺院として法人格を有していたというべきであるから、これを包括法人において廃寺処分できるとする法的根拠もなく、原告のこの点の主張も失当である。そして前記認定のとおり訴外慈眼院の清算手続が行なわれ、清算人による残余財産の処分がなされた事実は窺われないから、本件不動産の所有権が国庫に帰属したとする原告の主張も理由がない。

四  そうすると、原告の国が本件不動産を取得したことを前提とする主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がなく本訴請求は棄却されるべきである(なお原告としては宗教法人令一七条民法七三条により訴外宗教法人慈眼院の清算人の選任を求めるか、民事訴訟法五八条、五六条により特別代理人の選任を求めるかしたうえ、右清算人または特別代理人を訴外慈眼院の代表者または法定代理人としてこれを相手に訴を提起すべきである)。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大久保敏雄 菅原敏彦 前原捷一郎)

目録<省略>

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